【はじめに】
 平成16年度精度管理調査は日常染色としてのHematoxylin-Eosin(H.E.)染色を中心に、免疫染色と標本作成時におけるトラブルなどの知識を含めた総合的な病理学的知識の精度管理を行った。また今年度はヒトの材料に代えて、実験動物(マウス)の組織を使用した。
これは年々インフォームドコンセント等の倫理の問題でヒトの材料を使用することが困難な状況になってきていることをふまえ、実験動物等の組織で精度管理が行えるか試験的な意味合いが含まれている。


I..材料および実施方法
 材料はマウス(C3H10週齡、♀)、20%ホルマリンで26時間固定のもので、組織は肝臓、腎臓、心臓、脾臓、肺、脳、消化管などを一つのブロックにまとめた。
 型の通りパラフィンブロックを作製、4μm前後で薄切した未染色標本を6枚ずつ、参加49施設に染色方法のアンケートと共に配布し、以下の標本を回収した。(H.E染色は必須、免疫染色などは可能な施設)
○ 配布切片(A)Hematoxylin-Eosin(H.E.)染色 1
○ 配布したアクチン抗体とキットにて染色した標本、ネガティブコントロールを各1枚ずつ。
○ 各施設で日常的に使用しているアクチン抗体、キット等で染色(DAB発色)した標本、ネガティブコントロール各1枚ずつ。
○ 配布切片(B,C,DHematoxylin-Eosin(H.E.)染色 1枚ずつ


II.判定評価方法
1. H.E.染色
 ア 核(Hematoxylin)の染色性、および細胞質への共染の度合い
 イ 細胞質(Eosin)の染色性、および核への共染の度合い
  その他、色のバランス、色むらなど
2. 免疫染色
  DABなどの発色の強度(染色性)
  染色の分布(局在)、染色むらなど
 カ 非特異的な共染の程度

以上の各項目における評価とそれらを総合判定し以下の4段階に分類した
AA:優秀、A:普通、B:もう一息(診断に支障はないが染色性に多少問題あり)、C:不十分(診断に支障をきたす)

評価のポイントとしてはHE染色では

○肝臓において弱拡大で核がはっきりと認識され、細胞質のエオジン染色と明瞭に区別できているか。
○脳においてエオジン染色により神経繊維等が明瞭に染め分けられているか。
免疫染色では肝門脈域の静脈の染色性を重視した。
標本の見方に関しては、結果の項に評価基準とともに記載した。
 今回の配布標本は、切片の傷が多くなってしまった。これは標本作製上のミスで、切片を拾い上げる際に使用した刷毛に問題があり、傷を付けてしまったためである。標本配布直前に薄切を行ったので代わりの切片を用意することができず、そのまま配布させていただいた。各施設にご迷惑をお掛けしたことをお詫びすると共に、今後同様なミスを犯さないよう注意を払いたい。


III.結果
1. 標本の回収
 登録衛生検査所(以下検査所8施設、一般病院(以下病院40施設、合計48のすべての施設より回答が得られた。
免疫染色参加施設は検査所5施設、病院37施設、計42施設だった。
参加申し込み数、回答施設数とも、昨年度から3施設増えた。また昨年度参加した施設の全てが今年度も参加した。
2. H.E.染色
ア 染色枚数および薄切切片の厚さ
 一ヶ月における染色枚数は100?23000枚と施設間の差が大きかった。検査所の平均が約6400枚なのに対して、病院が約1800枚と3.5倍程の開きがあった。(全体平均2600枚)
申告した切片の厚さ3μmが最も多く、平均は3.2μmで検査所と病院では差がなかった。
イ Hematoxylin染色
 カラッチが15施設に対してマイヤー(リリーマイヤーを含む)が29施設、ギルが2施設、3G(サクラ精機)が2施設であった。カラッチは1.53で使用されているが、2の濃度で使用する施設が最も多かった。マイヤーは14で使用されているが、1.5の濃度で使用する施設が最も多かった。自家調製市販品の比率ではカラッチが73%で、マイヤーが63%とカラッチの自己調整比率が高い傾向にあった。自家製ではいずれもメルク社のHematoxylin粉末を利用する施設が多かった。また市販品では武藤社の製品を使用している施設が多かった。

種類

倍率

染色時間(分)

総計

製法

メーカー

<5

<10

<15

15

平均

カラッチ

1.5

1

0

0

0

1

20.0

15

自家製

11

メルク

10

2

10

1

2

3

4

11.0

クロマ

1

3

4

0

2

1

1

11.3

市販品

4

武藤

4

マイヤー

1

5

1

4

0

0

6.1

27

自家製

17

メルク

14

1.5

12

4

5

3

0

6.6

和光

2

2

5

0

3

2

0

7.0

Polisci.

1

3

4

3

1

0

0

3.7

市販品

10

武藤

8

4

1

1

0

0

0

3.0

サクラ

2

リリー

5

2

1

1

0

0

4.5

2

自家製

2

メルク

2

ギル

5

2

1

1

0

0

4.3

2

市販品

2

武藤

2

3G

3

2

0

0

1

1

12.5

2

市販品

2

サクラ

2

分別操作はカラッチ、リリーマイヤー、3G及びギル使用の全ての施設で行っていた。全て塩酸アルコール(水)を用いており、濃度は0.5%もしくは1%での使用が多かった。マイヤーでも5施設が行っていた。
色出しは温水もしくは水洗によるものが多かった。水洗では10分間(平均8.5分)、温水では5分間(平均5.5分)行う施設が多かった。

分別のまとめ

 

色出しまとめ

分別

濃度

色出し

色出し

あり

0.05

1

26

水洗

1

1

22

温洗

2

1

13

0.1

1

5

4

3

2

0.2

1

7

3

4

1

0.3

1

10

13

5

7

0.5

11

15

1

10

1

0.8

1

アンモニア水

 

6

8

15

1

1.0

10

アンモニアAlc.

 

2

温洗+水洗

2

1

1

なし

22

炭酸リチウム

 

4

4

 

ウ Eosin染色
 自家調製34施設で内メルク社のEosin粉末利用が17施設と最も多かった。
市販品利用は14施設で内10施設が武藤社製を使用していた。染色時間は0.310分間であり、13分間で染色する施設が多かった(平均2.2分間)。エオジンに加えてエリスロシンを入れた施設が1施設、フロキシンを入れた施設が4施設だった。

エオジン液のまとめ

エオジンの調整法まとめ

 

染色時間

製法

メーカー

製法

メーカー

<1

5

自家製

メルク

17

34

市販品

武藤

10

14

1

15

クロマ

8

メルク

2

<3

9

和光

6

サクラ

2

3

12

小宗化学

2

 

>3

7

メルク/和光

1

 


エ 酸化比
 ヘマトキシリンとヨウ素酸ナトリウムの比率は理論上、ヘマトキシリン1gに対してヨウ素酸ナトリウムは0.205gになる。この時の比率(酸化比)を1としてその比率を調べて見ると、1が最も多く21施設で、それよりヨウ素酸ナトリウムが少ない施設が15で、多い施設が3、不明が9(全て市販品)であった。


酸化比

0.4

0.5

0.7

0.8

1.0

1.1

不明

施設数

1

4

9

1

21

3

9




オ 経験年数/自動染色機
 染色を担当した技師の経験年数は0.5年〜30年と幅広く1015年が最も多かった(平均11.7年)。
自動染色機の使用は20施設(41.7%)でDRSシリーズ(サクラ)の使用が多かった。

メーカー

型番

比率

サクラ

DRS2000

9

20

41.7

DRS60

2

DRS601

5

白井松

TSC120W

4

未使用

28

58.3

カ 総合判定
AA16施設(33.3%)、A26施設(54.2%)、B6施設(12.5%)であった。

キ 考察等
 諸般の事情で連続して参加できない施設が毎年数施設あったのだが、今年初めて、前年度参加した施設が全て再び参加した。精度管理は毎年の継続が何より大事であり、是非これからも引き続き参加していただきたい。診断に困難をきたすような標本が見られず、かつ年々Aクラスの標本が増えてきているのは、材料等の違いはあるが、各施設の精度管理に対する取り組みの成果が出てきたと思いたい。H.E.染色を毎年続けて施行してきた成果が表れたと感じる。昨年度Bクラスであった7施設は、今年全てAクラス(内AA3施設)になり、改善に対する努力が感じられる。一層の継続的な努力を期待したい。
 ヘマトキシリンエオジンの調整法であるが、エオジンの方がやや自家調整比率が高く71%であり、両方を自家調整している施設が最も多く58%を占めた。

 

色素

ヘマトキシリン

色素

製法

自家製

市販品

エオジン

自家製

28

6

34

市販品

2

12

14

30

18

48

ヨウ素酸ナトリウムのヘマトキシリンに対する割合だが、必要量(酸化比1.0)より多く加えると過剰酸化になり、染色性の低下と耐久性の低下を招く。空気中の酸素によっても酸化が進行するので、保存液の保管は密栓した瓶になるべく空気層が少なくなるよう小瓶で保管することが好ましい。
 自動染色機は4割以上の普及率であるが、今回Bクラスと判定した施設は全て用手法であった。AAAの施設を比較しても、ややAAクラスに自動染色機導入している施設が多いことから、自動染色機を使用している施設の方が成績は良かった。普段自動染色機を使用しているが、今回は用手法で行った施設が多かった。これは今回動物の標本ということもあり、あえて手染めで行った施設が多かったと考える。 ヘマトキシリンの自家調製と市販品には差はなかったが、Bクラスの標本はエオジンが全て自家調整であった。病理経験年数はAAの施設が平均7.3年なのに対してBクラスが10.7年と長かった。染色時間はヘマトキシリン、エオジンとも成績の良い施設の方が長くなる傾向があった。
 総合してH.E.染色の最も良かった組み合わせは、『ヘマトキシリンはメルクの試薬を使った自家製の2倍カラッチで染色時間は10分間。1%塩酸アルコールで分別を行い、色出しは水洗で行う。エオジンはメルクの試薬を使った自家製もしくは武藤社製の市販品を使用して染色時間は2.3分間。病理経験年数7.3年の人が自動染色機を使用して行う。』であった。
 昨年度、各施設の薄切切片の厚さを測定した。思っているよりも実際の切片の厚さは厚いという事を報告した。その結果今年度は昨年度に比べて2μmという自己申告値が減り、3.54μmといった申告値が増えた。自分の施設の厚さを再確認した結果だと思う。


HE AA評価 肝臓 X200                            HE A評価 肝臓 X200


HE B評価 肝臓 X200                            HE ヘマトキシリン共染 心臓 X200


HE A評価 脳 X40                               HE B評価 脳 X40

3. 免疫染色

ア 染色枚数
 月平均染色枚数は407枚で2000枚以上の施設が2施設あるが、逆に50枚未満の施設が10施設あり、施設間の差が大きい。検査所の平均は1926枚であるが、1施設が8000枚と突出していて、そこの施設を除くと407枚と平均と同じになった。病院の平均は201枚であり、検査所の方がかなり染色枚数は多い。
イ 前処理
 今回前処理を施した施設は1施設で、加熱処理15分であった。
ウ 過酸化水素反応
 過酸化水素の濃度は0.3%3%での使用が多いが、濃度の薄い方が反応時間は短くなる傾向にある。
エ 一次抗体
 メーカー別の比較ではDako社製が30施設で使用され、その内未希釈の抗体使用が22施設、希釈済み抗体使用が8施設であった。自己で希釈する場合は、希釈の度合いが25倍から1200倍と幅広かった。ニチレイ社製は4施設で使用されており、全て希釈済みの抗体であった。

濃度(%)

反応時間(分)

5

10

15

20

25

30

平均

0.3

12

0

0

2

2

0

8

24.1

0.5

2

1

0

0

1

0

0

11.5

1

4

2

1

0

0

0

1

12.0

2

1

0

1

0

0

0

0

10.0

2.5

1

0

1

0

0

0

0

10.0

3

18

4

9

1

2

0

2

12.5

5

1

0

1

0

0

0

0

10.0

Dako

3

2

1

0

0

0

0

5.7

 反応条件は7施設で4℃一晩反応を行っていた。他では室温の反応であったが、その反応時間は、10分から120分と幅があり30分および60分間反応を行う施設が多かった。40℃で10分間反応させる施設も1施設あった。クローン別では1A4が最も多く93%を占めた。

メーカー別抗体一覧

 

クローン別一覧

メーカー

クローン

メーカー

クローン

クローン

Dako

1A4

30

Immuno.

1A4

1

1A4

38

HHF35

1

SIGMA

1A4

1

HHF35

2

ニチレイ

1A4

4

 

 

 

αSm-1

1

BioGenex

1A4

1

ENZO

HHF35

1

 

BioMaker

1A4

1

Novo.

αSm-1

1

オ 二次抗体、染色キット
 染色方法としてはポリマー法74%(L)SAB14%だった。メーカー別ではDako社とニチレイ社がほぼ半数ずつを占めた。                

メーカー別一覧

メーカー

方法

Dako

18

Envisoon(+)

16

LSAB

1

EPOS

1

ニチレイ

16

シンプル(MAX)

15

SAB

1

VENTANA

2

LSAB

2

BioGenex

1

LSAB

1

NOVO.

1

SAB

1


方法別一覧

方法

比率

ポリマー

31

73.8

(L)SAB

6

14.3

間接法

4

9.5

EPOS

1

2.4

カ 染色キットを室温に戻してから使用するか?
 室温に戻してから使用するとした施設が19(45.2%)、冷蔵庫から出してすぐに使用するとした施設が23(54.8%)だった。
キ DAB発色
 自家調製が21%で既製品のうちDako社が5割ほどを占めた。昨年度より5%ほど既製品の使用施設が増えた。DABの発色時間は1分から10分と幅広かった(平均4.3分)。

調整法

メーカー

比率

時間()

市販品

Dako

19

39.5

3.9

ニチレイ

8

23.7

4.4

VENTANA

2

5.3

8.0

Novo

1

2.4

2.0

BioGenex

1

2.4

10.0

武藤

1

2.4

1.0

和光

1

2.4

5.0

自家調整

9

21.4

4.5

ク 界面活性剤の添加
 界面活性剤は4割ほどの施設で洗浄液に添加されており、Tween20の使用が最も多い。

 

界面活性剤

総計

比率

手用

Tween20

11

12

17

40.5

TritonX

1

機械用

Dako

2

5

BioGenex

1

VENTANA

1

BRUI

1

未使用

25

59.5

ケ 経験年数/自動染色機
 染色を担当した技師の経験年数は1年から27年と幅広く10年前後が最も多かった。平均は10.8年でH.E.染色に比べて若干年齢が低い方に偏る傾向が見られた。
自動染色機は10施設で使用されていた。DakoAutostainer5施設と半数を占めていた。

コ 判定
 総合評価はAA4施設(9.5%)、A16施設(38.1%)、B19施設(45.2%)、C3施設(7.1%)となった。


免疫染色 A評価 肝臓 X40                         免疫染色 B評価 肝臓 X40


免疫染色 C評価 肝臓 X40                        免疫染色 A評価 肺 X100

サ 考察等
 コントロールと比べると若干自施設の方が成績は悪い。方法、試薬など今一度見直す必要があるかと思う。病理経験年数はAクラス平均13.2年に対してBCクラスは平均10.3年と経験年齢が高い方が成績は良かった。HE染色の結果と逆になったのが興味深い。
 コントロール染色で1施設、自施設染色で3施設において核に非特異的な染色を認めた。またコントロール染色1施設で脳神経繊維に非特異的な染色を認めた。染色中の乾燥がまず考えられるが、両方ともどうして染色されたのか分からない。特にコントロール染色は試薬、時間など厳密に調整してあるので、非特異的な染色が出るとは考えにくい。抗体などを取り違えて使用したか、染色方法に大きな間違いがあるか、いずれにしても早急に自分の施設の染色方法等の再確認を行って欲しい。

免疫染色 非特異的染色 脳 X100               免疫染色 非特異的染色 腎臓 X200

 キットの染色方法(自施設)ではポリマー法においてAクラスの割合が高かった。自動染色機の使用に関しては自動染色機を使用しない方が成績は良かった。一次抗体の希釈はAクラス63倍に対してB,Cクラスは208倍とAクラスの希釈倍率の低さが目立った。また一次抗体の反応時間(一晩反応を除く)はAクラス60分に対してB,Cクラスは50分とAクラスの反応時間が長かった。以上の事からAクラスの施設は一次抗体の濃度を高くして長めに反応させていることが伺われる。二次抗体(キット)とDAB反応液は共にニチレイ社の製品が、特にDAB反応液の成績の良さが目立った。

方法

A

%

B,C

%

ポリマー

10

90.9

20

67.7

(L)SAB

1

9.1

5

16.7

間接

0

0

4

13.3

EPOS

0

0

1

3.3

方法

A

%

B,C

%

自動染色機

3

33.3

6

66.7

用手法

17

51.5

16

48.5


DAB反応液

A

B,C

メーカー

%

%

ニチレイ

5

45.5

3

10.0

Dako

2

18.2

16

53.3

自家調整

3

27.3

6

30.0

その他

1

9.1

5

16.7

 界面活性剤は組織内荷電物質による抗体の非特異的結合を防止する。抗体液にも添加する事があるが全面に均一に広がりやすくなる利点がある一方、表面張力が低下するので切片が乾燥しやすくなるという欠点がある。
 染色キットを室温に戻してからの使用であるが、メーカーによる染色設定時間は、冷蔵庫から出し室温に戻してから使用することが前提条件になっている。今回のコントロール染色の条件も室温に戻してからの時間で設定してある。しかしこの事は説明書などにも記載はなく、各施設に任されているのが現状である。二つの処方の差であるが、一次抗体のように長く反応させる場合にはあまり問題にならないが、DABの反応は化学反応であることもあり差が生じることがある。反応時間の指定などがある際には注意が必要である。一方試薬の温度を上げたり下げたりを繰り返すと、試薬の劣化は早くなる。(放置などをして)室温に置いてある時間が長くなると有効期限内であっても染色性が低下する事があるのでやはり注意が必要である。今回の自施設のデーターを見る限り、室温に戻してから使用する施設と冷蔵庫から出してすぐに使用する施設との間には有意な差は認められなかった。
 今回の抗体は抗ヒト抗体であるが、一般的に細胞骨格蛋白、ペプチドホルモンなどは種特異性が低くマウス、ラットなどさまざまな動物の組織と反応する。メーカーなどでも動物間の交差情報を提供しているので、参考にしていただきたい。またマウスでモノクローナル抗体を使用する際には、内在性免疫グロブリン、肥満細胞などが非特異的に染色される。今回の材料ではあまり問題にならなかったが、抗体、マウスの種類、固定法の組み合わせによっては陽性の判定に苦慮する場合が生じる。その際には一次抗体の反応前に非標識マウス免疫グロブリン抗体を過剰反応させ、ブロックすると軽減される。ヒストマウスプラスキット(Zymed社)、マウスステインキット(ニチレイ社)などマウス組織用のブロッキングキットも販売されている。

4. 標本の見方

ホルマリンではなくエタノールで(7時間)固定した。

ホルマリン固定前に生食に26時間放置した。

ホルマリン固定途中で乾燥させた。(固定26時間後、乾燥18時間)

4μmで薄切するつもりが3μmで薄切してしまった。

4μmで薄切するつもりが5μmで薄切してしまった。

標本Bイ ホルマリン固定前に生食に26時間放置した。
 1施設のみという回答であったが、他は全てであった。(正答率:97.8%
組織の自己融解が激しく、消化管、腎臓などで強く見られる。
温度によりその進行は比例するので、低温下(冷蔵庫など)におくことは自己融解を遅くする効果はあるが、やはりできる限り早く固定液に入れることが何よりも重要である。

固定前食塩水放置 消化管 X40                固定前食塩水放置 脾臓 X100

標本Cア ホルマリンではなくエタノールで(7時間)固定した。
 22施設、19施設、4施設だった。(正答率:48.8%
組織収縮像が見られる。特に片縁部の収縮が激しくエオジンに濃染している。
 元来アルコール固定自体は組織の形態保持は良いのだが、変性構造を安定化する架橋の形成がないので、包埋過程における熱の影響を大きく受け、収縮が強い標本となってしまう。細胞内物質はアルコールの進入方向に濃縮される(アルコールシフト)。また赤血球に溶血が見られる。脳は比較的収縮せず形態を保っている。ホルマリン固定が不完全な状態で脱水過程に進むと結果としてアルコール固定の影響を受け、収縮が強い標本になる。
 オの条件ではエオジンが濃染しているなどで判断したのであろうが、組織の収縮は起こらないので、間違いである。ウの条件ではアの条件の標本よりさらに強い収縮が起こり、片縁部に止まらず組織全体が縮んでしまう。また赤血球の溶血もあまり見られない。しかしながらウの条件と区別がつきにくいのは確かであり、設問の配慮が足りなかった事はお詫びしたい。

アルコール固定 腎臓 X100                        アルコール固定 脳 X100


固定途中で乾燥 腎臓 X100                        固定途中で乾燥 腎臓 X400

標本Dエ 4μmで薄切するつもりが3μmで薄切してしまった。
 19施設、13施設、12施設、1施設だった。(正答率:42.2%
今回のコントロール標本(標本A)4μm切片と比べてもらうために出題した。
 自己申告による薄切切片の厚さ平均は約3μmである。しかしながら昨年度各施設の薄切切片を実測したところ約4μmであることを報告した。したがって標本Dの切片を薄いと感じた施設は薄切切片の厚さが4μm以上であることになる。3μm切片と4μm切片で各施設において染色性に差があるかどうかを見るのも今回の目的の一つであった。結果、3μm切片の染色性であるが、4μm切片と比較して悪くなった施設はなく、むしろ4μm切片より染色性が良かった施設がいくつか見られた。
 半数以上の施設が間違ったのは意外であった。普段見慣れない動物組織ということと、初めから障害があるという先入観で組織を見たためと考える。

3μm切片 腎臓 X200                     4μm切片 腎臓 X200

 評価であるが、3問全て正解の施設をA2問正解をB1問正解をCとした。
A評価が9施設(20.0%)B評価が23施設(51.1%)C評価が3施設(6.7%)だった。
 今回の回答の中で、上記のような経験がないので分からないという答えがあった。今回の例は極端な場合かもしれないが、日常的に遭遇する可能性があるものであり、また類似した事例も各施設より報告されているので参考にして欲しい。


IV.総評

H.E.染色は病理診断に困難をきたすような施設は無く、9割近くの施設が良好な成績であったが、それに満足することなく、日常的な精度管理と染色の向上に努めて欲しい。
 免疫染色はAクラスが5割弱と昨年と比べると物足りない成績であった。これは免疫染色の成績がかなり向上してきたので、A評価に対する基準を上げた為で、動物材料を使用した事により染色性が低下したのではない。両染色ともB評価以下の施設が少なかったので、どこに問題点があるのか判別できなかった。これからは個別の解析が必要なのかもしれない。
一方、標本の見方では当初考えていた以上に、施設間で組織を見る力に差を感じた。組織標本を正しく見ることは良い標本を作製する上で、欠くべからざる能力であることを自覚して欲しい。
 動物材料の使用に関してであるが、アンケートでは肯定的な意見が2施設、否定的な意見が2施設、残りの48施設は無回答もしくは特になしであった。大多数の無回答をどう考えるかであるが、何人かの方から聞き取りを行った感じでは、「本来ならば人体材料が好ましいが、現在、今後の状況を考えるとしかたがない」というものであった。臨床検体を利用する限りにおいては病理だけの問題ではなく、すべての検査項目において同様な事が考えられる。組織の染色性に関してはここ数年、固定条件のあまりよくない人体材料を使用してきたこともあり、動物材料による全体的な染色性の良さが確認できた。しかしながら、動物材料を使用したことのない施設が大半で、例えばエオジンの分別などには随分苦慮したことと思われる。また組織に厚みがないために、500枚くらい薄切すると臓器によっては無くなったり、かなり小さくなってしまった。従来の人体材料を単に動物材料に置き換えたのではやはり無理な部分が生じてしまうので、動物材料ならではのもう一工夫が必要であろう。


アンケート】

1.昨年度の報告書を見たか。
 以前、一部の施設の方から報告書を見たことがないというような話を聞いたので、今回のような質問項目を設けた。“見ていない”という回答はしづらい事もあり、ほとんどの施設では見ているという回答であるが、自分の施設の結果をしっかりと受け止めているのかが問題であり、読み流してしまっては見たことには値しない。

見たか

変更点はあったか

比率

見た

記載あり

変更あり

4

8.3

変更なし

15

29.2

記載なし

26

54.2

見ていない

 

0

0

新規施設

3

6.3

2.技師数・病理医数
 常勤・非常勤の区別なくアンケートをとったので、両方混在したものとなった。
技師数は、大学病院検査センター一般病院
病理医数は、検査センター大学病院一般病院 の順になった。
大学病院と一般病院ではかなり大きな差があり、特に病理医の数の差が大きかった(4倍)。

技師数(人)

病理医数(人)

検査センター

病院

検査センター

病院

一般病院

大学病院

一般病院

大学病院

8.8

4.3

11.0

12.3

2.7

10.8

5.2

3.7

5.8

5.2

3.固定液(ホルマリン)
 種類は緩衝ホルマリンと普通ホルマリンが4割弱ずつで、濃度は20%が最も多い。
 普通ホルマリンでは10%で、緩衝ホルマリンでは20%で使用する施設が多い。これは緩衝ホルマリンが普通ホルマリンに比べて組織への浸透性が悪いことに起因していると考える。また緩衝ホルマリンは組織化学に適しているが、溶血しやすい面がある。メタノールホルマリンは組織内への浸透性にすぐれ硬組織に向いている。しかし、短時間の固定ではメタノールの固定作用の方が早いのでホルマリン固定されていない部分が生じてしまうので注意が必要である。マスクドホルムはサリチル酸メチルによって防臭は計られているが、ホルマリン自体の毒性はそのままである事を忘れてはいけない。

種類

10%

15%

20%

25%

10,20%

不明

比率

緩衝ホルマリン

6

1

10

0

1

0

18

37.5

普通ホルマリン

9

1

6

1

2

0

19

39.6

中性ホルマリン

0

1

0

0

0

0

1

2.1

メタノールホルマリン

0

1

1

0

0

0

2

4.2

マスクドホルム

0

0

3

0

0

5

8

16.7

15

4

20

1

3

5

48

100

割合(%)

31.3

8.3

41.7

2.1

6.3

10.4

100

 

4. 脱灰液
 キレート剤、特にK-CXを使用する施設が多かった。酸系ではプランクリュクロ法で脱灰する施設が多かった。キレート剤は組織に対する障害が少ないが、脱灰に時間がかかり、酸系は脱灰時間は短いが、組織障害が強い傾向にある。

方法

メーカー

種類

K-CX

ファルマ

23

25

キレート剤

カルキトックス

和光

1

EDTA

 

1

ギ酸

 

4

7

有機酸

ギ酸ホルマリン

 

3

プランクリュクロ

 

11

11

有機酸+無機酸

併用

 

5

5

 

5.包埋系列脱水剤
 エタノールが32施設(66.7%)、メタノールが15施設(31.3%)、ドライゾールが1施設(2.1%)だった。エタノールよりもメタノールの方が組織への浸透速度は速く、価格も安い(13程)が、毒性がやや高いのが特徴である。
6.包埋系列中間剤
 キシレンが39施設(81.3%)、クロロホルムが8施設(16.7)、ベンゼンが1施設(2.1%)だった。クロロホルムは間剤としての効果はキシレンよりも高いが、低い沸点(揮発しやすい61)、強い毒性(肝障害など TCL 10 ppm)、機械などの腐蝕性、価格(ややキシレンより高い)のため段々と使用されなくなる傾向にある。
7.パラフィン
 単独使用であったり、複数の製品を混合していたり、かなりばらついた結果になった。
市販のパラフィンにはDMSO、ポリマーなどが添加されている事が多い。これらは薄切時の収縮を小さくしたり、浸透性を高める効果がある。しかし、DMSOは揮発時に毒性を持っている事や免疫染色を阻害するという報告がある。

メーカー

製品名

メーカー

製品名

和光

ヒストプレップ

4

武藤

パラペット(60)

15

パソプレップ

2

サクラ

パラフィンワックスII60

10

HISTOPARAFIN

2

Fisher

TissuePrep

8

板状パラフィン

1

メルク

ヒストセックDMSOフリー

2

北辰化学

組織用パラフィン

3

純正化学

パラフィン

4

JUSEL

硬パラフィン

1

 

8.染色系列脱パラフィン剤、透徹剤
 キシレンが46施設(95.8%)Hemo-De2施設(4.2%)だった。
 Hemo-Deは毒性がキシレンに比較して低いが、価格が高く(約5倍)、組織浸透性やアルコールとの親和性がやや劣る。

9.染色系列親水剤、脱水剤
 エタノールが46施設(95.8%)、ドライゾールが1施設(2.1%)、組織脱水溶液が1施設(2.1%)だった。市販品の純アルコールは、開缶直後は水の含有が少ないが、時間の経過と共に水分を含むようになる。封入した標本に水が含まれていると退色の原因になるので、最終糟はモレキュラー・シーブスなどで完全に脱水したアルコールを使用することが望ましい。

10.封入剤
 封入剤はマリノールが80%以上を占める。封入剤によっては退色しやすいとの報告があるので検討が必要である。

商品名

メーカー

比率

マリノール

武藤

39

81.3

ビオライト

応研商事

3

6.3

HSR

シスメックス

3

6.3

オイキット

高橋技研ガラス

1

2.1

MP500

松波硝子

1

2.1

M.X.

松波硝子

1

2.1

11.試薬の廃棄
 標本作成時に使用した廃液の処理は2施設を除いて全て業者委託であった(2施設は未回答)。再生を行っている2施設は、有機のみの再生とアセトンのみの再生を行っているという回答だった。一つ一つの試薬や溶媒について聞いたわけではないので、全ての廃液に関して業者委託を行っているのかは不明である。今後、廃棄物処理規制はさらに強化されていくと考えられているので、廃棄物の削減とリサイクルの積極的な推進が望まれる。