病理学的検査

はじめに

平成14年度精度管理調査は日常染色としてのHematoxylin-Eosin(H.E.)染色、免疫染色、並びに、標本の見方を含めた総合的な病理知識の精度管理を行った。

I. 材料および実施方法

材料はヒト剖検材料、20%ホルマリン数日間固定のもので、型の通りパラフィンブロックを作製、4umで薄切した未染色標本を9枚ずつ、参加46施設に染色方法のアンケートと共に配布、各施設で染色を施行し、以下の標本を回収した。(H.E.染色、診断項目は必須、免疫染色などは可能な施設)
 ○ Hematoxylin-Eosin(H.E.)染色 1枚

 ○ 配布したCytokeratin抗体とキットにて染色した標本、ネガティブコントロールを各1枚づつ。
 ○ 各施設で日常的に使用しているCytokeratin抗体(今回配布した抗体でも可)、キット等で染色(DAB発色)した標本、ネガティブコントロール各1枚づつ。

 ○ 各施設で染色したH.E.染色を鏡検して、より診断を確実にするための(特殊、免疫)染色。

なおこの精度管理に用いた人体材料の使用に関しては横浜市大医学部倫理委員会に基づく倫理審議の申請、並びに承認済みである。

II. 判定評価方法
 1. H.E.染色

◎ 核(Hematoxylin)の染色性、および細胞質への共染の度合い
◎ 細胞質(Eosin)の染色性、および核への共染の度合い

◎ その他、色のバランス、色むらなど

2. 免疫染色

◎ DABなどの発色の強度(染色性)

◎ 染色の分布(局在)、染色むらなど
◎ 非特異的な共染の程度

以上の各部門における評価を総合的に判定し以下の4段階に分類した。

AA:優秀 A:良 B:普通(診断に支障はない) C:不十分

なお免疫染色に関しては、コントロール染色のみ総合判定を出した。

標本の見方に関しては、結果の項に評価基準とともに記載した。


III. 結果

1.標本の回収
 登録衛生検査所(以下検査所)9施設中8施設(89%)、一般病院等(以下病院)36施設中35施設(97%)より回答が得られた。
 免疫染色参加施設は検査所が5施設、病院が30施設、計35施設(78%)だった。

参加申し込み数、回答施設数とも、昨年度とほぼ同数であった。

 2. H.E.染色
(1) 染色枚数および薄切切片の厚さ

一ヶ月における染色枚数は300〜20000枚と施設間の差が大きかった。検査所の平均が約5600枚なのに対して、病院が約2000枚と3倍近い開きがあった。
 切片の厚さは3mmが最も多く、平均は2.9mmで検査所と病院では差がなかった。
HE染色枚数グラフ切片の厚さグラフ

(2) Hematoxylin染色
 カラッチが16施設に対してマイヤー(リリーマイヤーを含む)が24施設、ギルが2施設、3G(サクラ精機)が1施設である。カラッチは1.5X〜3Xで使用されているが、2Xの濃度で使用する施設が最も多かった。マイヤーは1X4Xで使用されているが、1X1.5Xの濃度で使用する施設が最も多かった。自家調製と市販品の比率ではカラッチが81%でマイヤーが60%とカラッチの自己調整比率が高い傾向にあった。自家製ではいずれもメルク社のHematoxylin粉末を利用する施設が多かった。
 分別操作はカラッチ及びリリーマイヤー使用のほとんどの施設で行っていた。全て塩酸アルコールを用いており、濃度は0.1%〜2%で0.5%での使用が半数で最も多かった。色出しは温水もしくは水洗によるものが多かった。

ヘマトキシリン液のまとめ
種類 倍率 染色時間(分) 総計 製法 メーカー
カラッチ >5 >10 >15 15< 平均 16 自家製 13 メルク 10
1.5 1 0 0 0 1 20.0 クロマ 1
2 12 1 2 4 5 12.5 和光 1
3 3 0 2 1 0 7.7 関東化学 1
市販品 3 武藤 3
マイヤー 1 12 3 6 1 0 6.4 24 自家製 15 メルク 11
1.5 6 2 3 1 0 5.8 和光 2
2 1 0 0 0 1 20.0 関東化学 1
3 2 1 1 0 0 3.5 polySci. 1
4 1 1 0 0 0 3.0 市販品 9 武藤 7
リリー 2 0 2 0 0 5.0 メルク 2
ギル 2 1 1 0 0 4.0 2 市販品 2 武藤 2
3G 1 0 0 1 0 10.0 1 市販品 1 サクラ 1


分別のまとめ 色出しのまとめ
分別 濃度(%) 色出し 時間 色出し 時間
あり 0.1 2 22 水洗 3 1 18 温洗 2 1 12
0.2 1 4 1 5 7
0.5 11 5 5 8 1
0.8 1 7 1 10 3
1 4 10 8 炭酸リチウム 4 4
2 1 15 2 アンモニア水 5 5
不明 2 流水+温水 5 1 1 アンモニアアルコール 1 1
なし 21 21 37℃ 15 1 1


(3) Eosin染色

自家調製が32施設で内メルク社のEosin粉末利用が21施設と最も多かった。市販品利用は11施設で内9施設が武藤化学社製を使用していた。調整法では5割以上がアルコール性を使用していた。 エオジン液のまとめ
種類 製法 メーカー
自家製 32 メルク 21
アルコール 25 クロマ 5
水溶性 13 和光 5
酸性 4 小宗化学 1
混合 1 市販品 11 武藤 9
無記名 1 サクラ 1
メルク 1

 (4) 経験年数/自動染色機
 染色を担当した技師の経験年数は半年から25年と幅広く10年前後が最も多かった。(平均10.8年)

自動染色機の使用は16施設でDRSシリーズの使用が多かった。
病理経験年数グラフ(HE染色)
 

(5) 総合判定
Aクラス(A+AA)の標本が32(74.4%)、Bクラスが11(25.6%)、であった。

診断に窮するような標本が見られず、かつ昨年度と較べてAクラスの標本が大幅に増えたのは、組織等の違いはあるが、各施設の精度管理に対する取り組みの成果が出てきたと思いたい。
 H.E.染色を二年続けて施行してきた成果が表れたと感じる。しかし今回共染が認められた9施設の内7施設が昨年も共染を指摘した施設であり改善が見られない。診断に窮しないとはいえ、現状に満足せずより良い染色を目指す姿勢が求められる


(6) 考察
 昨年に較べて、核等に対するEosinの共染は激減したが、細胞質等に対するHematoxylinの共染はあまり減っていない。Hematoxylinの共染を起こした施設の全てが分別操作を行っていない。これはマイヤーのHematoxylinを使用している事などで不要と考えたのであろうが、マイヤーのHematoxylinであっても必要以上に時間をかける、あるいは作製から時間が経過すると過染傾向になり、分別操作が必要になってくることを忘れてはいけない。
 上記の理由でマイヤーを使用の施設でB評価が多かった。マイヤーのHematoxylinを使用するに当たっては分別操作を行わない事を前提とするなら、染色液、染色時間の管理はしっかり行って欲しい。薄切切片が薄くなりHematoxylinの染色性を上げるために数倍量のHematoxylinを使用する傾向にあるが、染色時間、液の劣化、分別など以前よりきちんとコントロールをしないと共染が強くなる傾向にあるので注意が必要である。
 自家調整と市販品との比較では、Eosinでは差が認められなかったが、Hematoxylinでは自家調整の方が成績は良い傾向にあった。
 自動染色機の使用が16施設(36%)と3割以上の普及率であるが、成績と機械の導入の間には関連性が見られない。病理経験年数も成績との間に関連性が見られない。

評価 調整法別 Hematoxylin Eosin
マイヤー カラッチ その他 自家製 市販品 自家製 市販品
AA 7 7 0 13 1 11 3
A 8 8 2 10 8 14 4
B 9 1 1 5 6 7 4


 3. 免疫染色
(1) 染色枚数
 月平均染色枚数は176枚で50枚以下のグループはルーチンでは免疫染色を行っていない施設だと推測される。従って100枚以上のグループを平均すると282枚になり、これがルーチンで免疫染色をおこなっている施設の平均と考えた。
月平均免疫染色枚数グラフ

(2) 過酸化水素反応時間

過酸化水素の濃度は0.3%と3%での使用が多いが、濃度の薄い方が反応時間は長くなる傾向にある。 濃度(%) 反応時間 (分)
5 10 15 20 30 平均
0.3 13 0 2 1 3 7 23.5
1 6 3 1 1 0 1 11.7
2 1 0 0 0 0 0 10.0
3 14 2 8 1 2 1 12.5
(3) 一次抗体
 メーカー別の比較ではDako社製が12施設で使用され、その内未希釈抗体が7、希釈済み抗体が5であった。自己で希釈する場合は、希釈の度合いが50倍から1000倍と幅広かった。ニチレイ社製は13施設で全て希釈済みの抗体だった。反応温度は一施設を除き、他は全て室温で行っていた。反応時間は20分から120分と幅があり、30分および60分間反応を行う施設が多かった。抗体の種類別ではAE1/AE3が最も多く65%を占めた。
メーカー別抗体一覧 クローン別
メーカー クローン メーカー クローン クローン
Dako AE1/AE3 9 ニチレイ AE1/AE3 10 AE1/AE3 22
MNF116 1 MNF116 1 CAM5.2 4
D5/16B4 1 poly 2 KL1 2
poly 1 B.D. CAM5.2 4 MNF116 2
Novocastra AE1/AE3 1 MBL KL1 1 D5/16B4 1
ICN AE1/AE3 1 immunotec KL1 1
PROGEN AE3 1 polyclone 3


(4) 二次抗体、染色キット

染色方法としてはポリマー法が7割、(L)SAB法が2割であった。

メーカー別ではDako社とニチレイ社がほぼ半数づつを占めた。

メーカー別一覧 方法別一覧
メーカー 方法 方法 比率(%)
Dako 15 Envision(+) 10 ポリマー 24 70.6
LSAB 3 (L)SAB 7 20.6
間接法 2 間接 3 8.8
ニチレイ 15 シンプル(MAX) 14
SAB 1
VENTANA 3 LSAB 3
MBL 1 間接法 1

(5) DAB発色

自家調製が4割弱で既製品のうちDako社が5割ほどを占めた。

DABの発色時間は30秒から10分と幅広かった。(平均 4.5分)

DAB メーカー 比率
市販品 Dako 12 35.3
ニチレイ 6 17.6
VENTANA 2 5.9
和光 1 2.9
武藤 1 2.9
自家調整 12 35.3

(6) 経験年数/自動染色機
 染色を担当した技師の経験年数は半年から28年と幅広く10年前後が最も多かった。平均は12.8年でH.E.染色に比べてやや年齢が高い方に偏る傾向が見られた。
 自動染色機の使用は9施設でVENTANA社製の機械の使用が多かった。
病理経験年数グラフ(免疫染色)

(7) 判定
 今回、コントロール染色で設定した賦活前処理は通常は施行しないような方法にもかかわらず、多くの施設が参加していただけたことを評価したい。いろいろとこちらの不手際があり、安定したコントルール染色の条件が設定できなかったことを陳謝したい。
 今回調査報告書の記載の仕方に不備があり、前処理方法に関する部分が一カ所しかなく、コントロール染色と自施設の染色が混同していて、前処理条件がはっきり分からなかった。
また酵素処理との記載だけで何の酵素を使用したのか分からない施設がいくつか見られた。

その結果、気管支上皮の染色性が悪くB評価であった施設が、前処理に加熱処理(マイクロウエーブなど)を施行できなかったためなのか、手技的な事によるのか判別ができないという面はあるが、全体的な傾向が昨年度と変わらない事と酵素反応だけでも気管支上皮は染色される事などからコントロールのみを用いて総合判定を行った。

 その結果、AAが7施設(20%)、Aが21施設(60%)、Bが6施設(17%)、Cが1施設(3%)だった。
 自施設の染色は前処理の方法が各施設で異なることに加え、一次抗体なども異なることなどから総合判定は行わず、各上皮の染色性の評価のみに留めた。

(8) 考察

今回実施要綱で酵素処理単独では染色性が良くないということで、加熱処理に続いて酵素処理を行う事を薦めた。トリプシン、ペプシンに関しては事前に検討を行って、再現性を得ていたが、プロナーゼに関しては未検証であった。
 標本配布後検討したところプロテアーゼ 20分だけの反応でも十分な染色性が得られることが分かり、逆に加熱処理に加えてプロナーゼ処理を行うと切片のダメージが大きく、染色性も低下することが判明した。

Cytokeratin(AE1/AE3)の抗原賦活化は、トリプシン<ペプシン<プロナーゼの順に効果が高くなる。プロナーゼは賦活効果が高いが、至適条件(濃度、時間など)の設定が他の酵素より難しい面があるので注意が必要である。

またクローンKL-1ではトリプシン処理により陰性化してしまうので注意が必要である。

自施設の染色では酵素(ペプシン、トリプシン)処理のみの場合は染色性が弱かった。

プロテアーゼ使用の場合は共染が強い傾向にあった。

免疫染色写真(MW+ペプシン) 免疫染色写真(MW単独)
免疫染色(MW+ペプシン二重処理)          免疫染色(MW単独処理)

4.標本の見方
(1) 臓器名

全ての施設が“肺”という回答であった。
(2) 診断
 真菌症(アスペルギルスとカンジダの重複感染)というのがこの症例の考え方である。

組織切片の中央部に大きなアスペルギルスの菌塊があり、周辺部にカンジダの集落が点在している組織像である。免疫染色(抗アスペルギルス抗体、抗カンジダ抗体)により確認済みである。

周辺部に散在するカンジダを見落としている、あるいはアスペルギルス単独と考えた施設がかなり多かった。H.E.染色のみでは鑑別は難しい面もあるが、大きさ(太さ)の違い、PAS染色による染色性がかなり異なる点、形態的特徴(隔壁形成、Y字分岐など)、密集の仕方などから鑑別は可能と考える。
HE染色写真 PAS染色写真
H.E.染色                 PAS染色
グロコット染色(アスペルギルス) グロコット染色(カンジダ)
グロコット染色(アスペルギルス)    グロコット染色(カンジダ)

ムコールとした施設があったが、アスペルギルスとの鑑別は難しい面はあるが隔壁が確認できることなどから否定したい。

真菌症としか記載のない施設の中には両方を確認していた施設があったのかもしれないが、

(あるいは片方のみしか確認していないかもしれないが)アスペルギルスとカンジダ、両方の記載の有る施設をA、アスペルギルスもしくはカンジダのみ、もしくは真菌症と診断した施設をBとした。2施設で感染性塞栓症、肺梗塞との診断があった。見方が異なるがこれも正しい診断ではあるが、前記の基準を優先しBとした。

その結果Aが5施設(12%)、Bが38施設(88%)であった。

どうもアスペルギルスとカンジダの区別がはっきりしない施設が多いのが気に掛かる。

その反面、血管内の異型細胞を指摘し白血病を示唆させる洞察力の強い所見を記載した施設もあった。(下の写真参考)
HE染色(白血病細胞)

菌の同定に免疫染色の必要性を示した施設が多かったが、実際に標本として提出してきた施設は一施設のみであった。真菌に対する抗体を持っている施設はかなり限られていると思われる。
その反面PASは26施設、Grocottは31施設と7割くらいの施設での標本提出があった。したがって現実的には、PAS、Grocottなどの特染で判断せざるをえないのが現状であろう。


W.総評
 H.E.染色は病理診断に窮するような施設は無く、7割以上が良好な成績であったが、それに満足することなく、日常的な精度管理と染色の向上に努めて欲しい。

一方、標本の見方では当初考えていた以上に、施設間で組織を見る力に差を感じた。

組織標本を正しく見ることは良い標本を作製する上で、欠くべからざる能力であることを自覚して欲しい。